THE LAST LEAF
2010-01-12 22:41:44
CATEGORIES:
DAY-TO-DAY

数日前のこと
裏庭に生えている木を、ふと見上げると
一枚だけ取り残された、か細い葉っぱ。
冬の夕焼け空の下、じっと息をひそめて
災難が通り過ぎるのを待っているような
その葉を見るうち、思い出したのが
O.ヘンリーの名作「最後の一葉」
誰もが一度は聞いたことのあるお話だと思いますが
Wikipediaの、あらすじ概要が一番分かりやすそうだったので引用します。
『ワシントン・スクエアの西側にある、芸術家が集まる古びたアパートに暮らす画家のジョンジーと同じく画家のスー。
貧しいながら暖かい生活を送っていた中、ある日ジョンシーは肺炎を患ってしまう。
スーは、医者から「ジョンジーは生きる気力を失っている。このままでは彼女が助かる可能性は十のうち一」と告げられる。
心身ともに疲れ切り、人生に半ば投げやりになっていたジョンジーは、窓の外に見える煉瓦の壁を這う、枯れかけた蔦の葉を数え、「あの葉がすべて落ちたら、自分も死ぬ」とスーに言い出すようになる。
彼女たちの階下に住む老画家のベアマンは、口ではいつか傑作を描いてみせると豪語しつつも久しく絵筆を握らず、酒を飲んでは他人を嘲笑う日々を過ごしていた。
ジョンジーが「葉が落ちたら死ぬ」と思い込んでいることを伝え聞いたベアマンは「馬鹿げてる」と罵った。
その夜、一晩中激しい風雨が吹き荒れ、朝には蔦の葉は最後の一枚になっていた。
その次の夜にも激しい風雨が吹きつけるが、しかし翌朝になっても最後の一枚となった葉が壁にとどまっているのを見て、ジョンジーは生きる気力を取り戻す。
最後に残った葉はベアマンが嵐の中、煉瓦の壁に絵筆で描いたものだった。
ジョンジーは奇跡的に全快を果たすが、ベアマンは肺炎になり、最後の一葉を描いた二日後に亡くなる。
真相を悟ったスーは物語の締めくくりで、あの最後の一葉こそ、ベアマンがいつか描いてみせると言い続けていた傑作であったのだと評する。』
出典:「Wikipedia」
全文は「青空文庫」など、ネット上でも読むことが出来ます。
さて、この物語にはどんな寓意が含まれているのか。
同じくWikipediaによると
『ある一面からは、この物語はベアマン老人の自己犠牲を描いた物語と解釈する事ができる。
一方でこの物語は、芸術の世界にしがみつき、傑作をものにすべく高みを求め続けた老芸術家の生き様を、壁を這う老いた蔦に重ね合わせて描いた作品であると解釈される場合もある。』
だそうで、なるほどなぁという感じ。
で、作者の意図はいざ知らず、自分が物語の意向とは別に感じたのは
人は気力とか精神力とか、科学では量ることの出来ない
得体の知れない何かによって、その潜在能力が発揮されることがある
ということでした。
もちろん、この話はフィクションですけどね。
よく言われるように、我々が普段何気なく使っているのは
自分が持っている能力のほんの僅かな部分で
秘められたものを引き出すべく、様々なビジネスも存在しています。
スピードラーニングとか、右脳トレーニングとか、ヒーリングとか
でも結局、意志の力なんですよね。
天才と凡人の違いは
不可能を可能にする強固な意志
なんじゃないかと思ったりしています。
意志薄弱にかけては他の追随を許さない自分としては
この"最後の一葉"に、何かを託し、それを励みに成し遂げてみようか
などと考えていたのですが…
今日、小雨のなか見上げた木は
すべての葉を落として
まるで毛を刈られたプードルのように
痛々しい姿になっていました。

こうなったら描くしかない。
いや、描いてどうする。
そして、地面に落ちた最後の一葉を拾い上げながら
すでに、仕事上がりのビールのことを考えている自分に気づき
深いため息をつくのでした。









